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主にWEB小説

コルヌトピア

ウェブ小説のコンテストがあり、ずっと応募作を読んでいる。応募作の総数は500を超えている。そろそろ給油というか休憩を挟みたい。好きなものの話をする。決めた。

今回取り上げるのは津久井五月「コルヌトピア」である。

 

まずは一般的な評価などを説明する。

この作品は第5回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作である。

人類は、植物のメカニズムを情報記録媒体として活用する技術〈フロラ〉を生み出した。2084年、23区全体を環状に取り囲む森林ベルトによって世界でも群を抜いて先進的な都市となった東京で、フロラ管理企業に勤める若者・砂山淵彦の巡り合う事件を描く。(SFマガジン2017年12月号)

選評では、

・植物サイバーパンクとでも呼ぶべき世界観は実に魅力的。(略)世界観の壮大さに比べ、物語があまりに小さいのだ。(東浩紀

・文章が端正で読み心地が良い。(小川一水

・描写される巨大な植物構造帯や未来建築物のイメージも素晴らしい。画家や映像作家の想像力を刺激するだろう。(神林長平

と評されている。

さらに一般的な声を拾いたい方は、読書メーターなどを活用するといいと思う。

 

では私はどんなところが好きかと言うと、

前世紀の青い抽象画の一部を接写したかのように、窓ごしの空は妙な光り方をしていて、東の方から、うっすらと明るくなってきている。

青く濡れたようなベッドから起き上がり、カーテンを開けた。

東の低い空が燃えている。青と赤の、キッチュにも思えるグラデーションを、〈角〉を通して捉える。僕の根の広がりが東の地平線を手探りする。炎のイメージが、舌の先に疼くように現象する。(コルヌトピア、13ページ)

私は言葉というものは伝達以外にも意味があると思っている。言葉の取り扱いがもたらす美しい気分とでも言おうか。これが津久井の作品では充実しているのだ。

 

都市のリアリティ

「コルヌトピア」の魅力で第一に挙げられるのは2084年の東京の姿である。緑に覆われた東京の姿は有機的なモチーフとなって優しく世界を形作る。

この都市自体が計画された事情は、

都心南部直下地震が起こったのは、二〇四九年。(略)その後の復興過程を通じてグリーンベルトは建設された。(コルヌトピア、29ページ)

だと劇中で言われている。

ところで震災の復興過程で都市計画が策定されることは決して珍しくはない。

1923年の関東大震災後、後藤新平によって震災復興計画が立案され、現在の東京の姿の骨格を形作っている。こうした都市計画の歴史に根差した視点で描かれた世界には説得力がある。

またコルヌトピアの構想では1939年の東京緑地計画がモデルになっているという話だ。

 

キャラクターの機微

コルヌトピアは前述したとおり、物語の小ささがよく問題に挙がる。果たしてそれは本当なのだろうか。私はそうは思わなかった。

繊細で時にナイーブとも取れるキャラクター達、彼らが掴もうとした未来はどんなエンタメ作品よりも胸に深く響いた。彼らの挫折や彼らが触れ合おうと努力した時間を愛おしいと思う。

「じゃあ、アビーが東京の謎の答えを見つけて、俺が金を稼いだらさ――ふたりでその、気持ちいい場所を探しに行こう」

そういってツグミは、気のいい笑顔を僕に見せた。

「――そうだね。約束だ」(コルヌトピア、91ページ)

終わりに

コルヌトピアは言葉のイメージ喚起力、キャラクターの関係性、説得力ある舞台。これらが集まって素晴らしい作品になっている。津久井月氏の次回作にも期待したい。